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体罰の会◇掲示板
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「殴る」という行為は「暴力」で... 投稿者:なべ 投稿日:2013/02/03(Sun) 00:36 No.433   
体罰と虐待は違うという方がいますが。虐待にかかわる人たちの世界では、「子どもの成長にとって不適切な行為であれば、大人の言い分は関係なく、それは虐待」というのが常識です。虐待と言われた中には、何も子が憎くて、または親のエゴで子どもにつらく当たるケースばかりではありません。親は躾のつもり、子どものためと思い一生懸命になるあまり手をあげることがあります。しかし親の言い分は関係ありません。殴るという行為は暴力です。脅しによる指導は、言うことを聞くかもしれませんがそれ以上に体も心も害を与えています。
今回の件で、体罰が自殺の直接の原因だったかどうかは知りません。
ただ、事実としてあるのは「教師は生徒を殴った。しかも何度も」。そして、「殴られた生徒は殴られた行為を喜ばしく思っていなかった、それどころかとてもつらい思いをしていた」。それは「虐待」の定義からすればまさに「身体的虐待であり、心理的虐待」です。教師の言い分は関係ありません。
私は、その教師の罪深いところは、正しい指導だと信じきって行っていた行為により生徒がどれほど追い詰められていたかを指導者として「気づくことができなかった」、指導者として「その生徒にも殴る行為が効果的だと信じて繰り返していた」つまり「その生徒にあった、適切な指導方法をとることができなかった」=「生徒をうまく指導できなかった」ということだと考えます。
教育の現場になぜ「罰」として暴力を与える必要がありますか。たとえばやるべきことをやらないこと、うまくできないことは、生徒自身の問題であり、導くことができなかった指導者の問題でもあるのではないですか。体罰を受けてよかったと思っている人は、体罰をする側になるんでしょうね。そしてそれが誰にでも効果的だと思い込んでいる場合は、同じような事件が繰り返されますね。自殺しないまでも。きっと子どもにもね。

Re: 「殴る」という行為は「暴力... - とんび 2013/02/03(Sun) 06:01 No.441
なべさんの常識が世界の常識なんですか?
だらだら書かれていますがどんな定義と基準で形成された理論なのかがわかりません。
事象の片側しか見られない方の偏った主張にしかみえません。

教師の生徒に対する体罰は禁止されています。
この会だって、法律改正を目標としているだけで
違法行為を推奨してるとは思えないんですけど。


ちょっと失礼します 投稿者:名無し 投稿日:2013/02/01(Fri) 19:39 No.431   
子どもに対して威嚇したり恐怖心を抱かせたり懲罰をちらつかせたりする行為そのものが「教育」の本義とは相容れないのではないでしょうか。
物事の本質を論理的に見極め、みずから学び、行動する力を養うのが教育本来の目的であると私は理解しています。
であれば、そこに体罰の介在する余地はないと思います。
古き良き(?)体罰という指導法に日本文化を感じノスタルジーを抱く方もいるようですが、私が目にしてきた「体罰肯定論」はどれも非常に情緒的、観念的で、自分が育てられたやり方をそのまま踏襲することに何のためらいも感ずることなく、ほとんど無批判に、思考停止に陥ったまま体罰の「効用」を後付けで説いているように見受けられます。

Re: ちょっと失礼します - とんび 2013/02/03(Sun) 05:55 No.440
威嚇したり恐怖心を抱かせたり懲罰をちらつかせたりする行為そのものって
法治国家の基本です。
日本だけじゃなく多くの国で普通に使われている統治法です。
それを教えることが教育の目的にならないんですかね?


三稜中学校について 投稿者:○○さん 投稿日:2013/02/01(Fri) 16:22 No.430   
2月1日 体育科の 浅井先生 




今日、体育の時間「持久走」だった。

2人一組でするものだった。

そのときの約束は、掛け声をかけたり、一緒に走ったりしなければならない。

僕は、少し楽をして、走らず歩いて応援していたら、浅井が、「ゴラァ〜」といった時、僕の相方がゴールした。僕は、浅井に怒られてウザイっと、思っていたせいか、計測を忘れた。すると、「おい、ちゃんとやれ!」といわれた。


授業が終わったあと、呼び出され、5,6発殴られた。


これは、体罰ではないか。

無題 投稿者:ななし 投稿日:2013/01/30(Wed) 17:43 No.414   
体罰の会さん、そろそろ出て来て説明したら?

Re: 無題 - 通りすがり 2013/01/30(Wed) 18:53 No.415
ほんとそうですね、ぜひ見解を聞きたいものです。
仮に信念を持って体罰をやっている先生がいたとしても、
校長や教頭といった上の人は最初から火消しや保身に走っちゃうので、いくら立派な事を言ってても説得力ないですよね、体罰の会さんが言ってるような体罰をする資格のない人が限度を超える体罰をやったから今のような問題が起きてるんです、体罰を広める体罰の会さんにも責任の一端があると思いますよ。


忘れ物と正座 投稿者:まぁくん 投稿日:2013/01/30(Wed) 16:46 No.412 ホームページ   
「先生、作文を持ってくるのを忘れました。」。「他に忘れた者はいないか忘れた人は立ちなさい。」。ガビーン、僕も忘れた〜と思いながら立ちました。

「みんな受験勉強で忙しいのに頑張って書いて来たんだから、作文を書いてこなかった人には何か罰を与えないといけないなぁ。何がいいかな〜。」。立っている生徒の顔をぐるっと一通り見回した後、先生は「書いてこなかった人は、今日1日、授業は正座して受けろ。」。

ガチャピーン、ピラピラピーン。A君が「先生、休み時間は立ってもいいですか」と発言。「休み時間は正座しなくてもまぁいいか。」。「明日も書いて来るのを忘れたら、今日と同じように1日正座で授業だからな、約束だぞ。作文を書いてくるまでずっと正座で授業だからな。忘れるなよ。」。

僕は腹立つ悔しい悲しいなど暗い感情を伴いながらも、自分の意志で膝を曲げて教室の床に正座しました。不思議なことに僕は正座した刹那、ドッキンドッキン、心臓の鼓動が高鳴って、興奮して、とても気持ちよくなりました。

あ〜やっと、1時限目が終わった。足が痺れた〜っ、痛いぃぃぃっ。あと5時間もあるよぉ。

音楽の授業で音楽室に移動。キーンコーン、カーンコーン、チャイムが鳴ったので、僕は正座しました。先生が「何で正座している者がいるの」と聞くので、A君が「作文を忘れた生徒は、正座して授業受けるんです。」と答えたら、さらに「誰に言われたの担任の先生」と聞かれたので、「ハイ。」と答えました。

すると先生は「音楽の授業は正座じゃできないから、替わりに腕立て伏せ100回して椅子に座って授業受けなさい。」と言いました。お〜〜ぉぉぉ、救いの女神、ラッキー。

あー、やっと長い1日が終わった。足、痺れたーぁぁぁ。気持ちよかったのは一瞬で、残りの正座している時間は、頭にキテ腹立って悔しくて悲しくて惨めで、足が痺れて苦痛でした。

だから、明日は忘れずに作文を書いて持ってくるべ。

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