00438097
体罰の会◇掲示板
[サイトTOPに戻る] [アルバム] [注意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
おなまえ
Eメール
タイトル
コメント
参照URL
添付File
暗証キー (英数字で8文字以内)
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
文字色
・画像は管理者が許可するまで「COMING SOON」のアイコンが表示されます。

無題 投稿者:nanashi 投稿日:2013/01/31(Thu) 23:02 No.425   
小村教諭は自殺した生徒の遺体の前で遺族に問い詰められ、
「体罰です、すいません・・・・」と認めたそうです、
このサイトでは体罰と暴力は違うと言ってますが、小村教諭は体罰と言いました、本人が認めちゃってますけど?

Re: 無題 - spanko 2013/02/01(Fri) 01:34 No.426
本人はあくまでも、体罰(愛のムチ)のつもりで、決して暴力や虐待のつもりではなかったんだろうが、行きすぎたと言う事でしょうね。(それにしても、この掲示板の書き込みを見ていると、北の工作員は必死だね(笑))

体罰を認めているアメリカの州で、このような事件は起こらないのに、体罰を否定している日本で、このような事件が起こるとは、何という皮肉、結局、体罰否定の下に、体罰に関わる議論を封じ込めてしまった"思考停止"の結果でしょうね。

私は必ずしも戸塚氏の考えを百パーセント支持しているわけではありませんが、このサイトの体罰を考えるページの、教育と体罰(主幹研究員 青柳武彦)の記事通りだと思いますね。

> 子供を不当な虐待から守り、しかも教育的効果を期待できる「正しい体罰」についてのノウハウがないままに、現実には体罰が野放しに行われているのが現実である。

> 逆説的な言い方になるが、体罰を解禁して、そのかわりに正当な懲戒権の行使以外のものは厳重に禁止し、体罰の与え方についてのノウハウを蓄積すべきである。さもないと、不当な体罰は根絶することがないだろう。


Re: 無題 - spanko 2013/02/01(Fri) 01:58 No.427 ホームページ
関東連合じゃあるまいし、基本的に、教員採用試験に合格して先生になった人間に「生徒を殴りたい」「暴力を振るいたい」人間はいません。('アカ'は、関東連合と学校の先生を一緒クタにしたくてたまらないんでしょうが(笑))
先生はすべて愛のムチのつもりで生徒を叩きます。
とはいえ、行きすぎが起こり、大怪我をさせたり、自殺させてしまったりもします。
なぜそうなってしまうのかというと、基準がないからです。
ではなぜアメリカのように基準がないか、それは"思考停止"しているからです。


Re: 無題 - 元教員A 2013/02/01(Fri) 03:39 No.428
spankoさん、

>教員採用試験に合格して先生になった人間に・・・

教員採用試験なんて特別な試験ではありません。
暴力的か否かなんて判断できません。

>基準がないからです。

基準がないのに実施してしまう程度の正義感(愛?)が問題です。
まっとうな人間は、それが正義と信じていても、
合意された基準も含めた正式なプロセスもないままに、身勝手な行動はおこさないものです。

つまり現状で愛のムチのつもりと言って体罰を行っている人は、  ’xxxじゃあるまいし’ のその人と同様になっているのですよ。


Re: 無題 - spanko 2013/02/03(Sun) 02:05 No.435 ホームページ
> 基準がないのに実施してしまう程度の正義感(愛?)が問題です。

体罰反対派は、基準作りにも反対するわけで、そうこうしているうちに、立ちゆかなくなり、見切り発車する事になる。

結局、原発と同じで、どこまでも反対反対とごねる奴がいるから、安全基準もないまま見切り発車し、結果として事故が起きる事になる。


Re: 無題 - 教育学部学生 2013/02/03(Sun) 02:56 No.436
それ、遺族の前だけじゃなくて、バスケ部員やOBの前でもいってほしかったですね。
小村のやったことは愛のムチだと思い込んでるかわいそうな生徒がいるみたいだから(twitterをやってる某OBは、それ以外にもいろんな理由があって小村を擁護してるみたいだけど)、その呪縛から解き放ってあげてほしいです。


Re: 無題 - 元教員A 2013/02/03(Sun) 03:54 No.437
spankoさん

どんなに言い訳をしても、見切り発車をする人はまっとうではありませんよ。
体罰反対である立場として、正当防衛、緊急避難以外の行為である実力を伴う処罰行為はすべて傷害罪にあたるというのが基準と理解しています。 もちろん、体罰容認の基準を作るのは憲法上許されていません。 体罰を容認する基準を実施するには憲法改正をも含めた論理展開が必要ですよ。
そのような行為は国際的にも孤立する可能性があるわけですので、それらを含めてよく考え主張してください。
ともかく、見切り発車は「犯罪者」の行為です。


Re: 無題 - spanko 2013/02/03(Sun) 08:16 No.442
> 体罰を容認する基準を実施するには憲法改正をも含めた論理展開が必要ですよ。

おや、そういう話は、初めて聞きましたね。
では、親が子供を叩くのも既に違法であるとおっしゃるのでしょうか?


Re: 無題 - 元教員A 2013/02/03(Sun) 18:47 No.449
>親が子供を叩くのも既に違法であるとおっしゃるのでしょうか?

もちろん違法ですよ。
道で10円を拾ってネコババしても処罰されないのと同じで、処罰を免れているだけで違法です。
検察がすべての事案を起訴しないだけです。


無題 投稿者:御三家 投稿日:2013/02/03(Sun) 14:10 No.446   
体罰=暴力を理解できない愚か者にはやはり殴って教えないといけないのでしょうか?
「やめて下さい」と懇願されても愛の鞭だと殴り
「わかりました」と言っても理解してないとどつき
顔を腫らすまでビンタをしたて「俺の手の方が痛いんだ」と笑う
たとえ命を失うことになっても、体罰肯定派のような奴には必要な処置なんだと嘲笑すればいいんですね?

Re: 無題 - とんび 2013/02/03(Sun) 15:48 No.447
体罰と暴力の区別も出来ないのならずっと反対してて欲しいです。
体罰だけで教育が成り立つだなんて偏向してますね。


ニュージーランド家庭体罰禁止 投稿者:spanko 投稿日:2013/02/03(Sun) 08:37 No.443 ホームページ   
家庭体罰を禁止したら、虐待がなくなるという決めつけも、安易すぎるよね。
虐待の連鎖という話もあるが、その一方で、体罰がなくなった結果、耐性のない子供が増え、それが大人になったとき、ますます酷い虐待をする可能性もあるわけで、一律に禁止して解決する問題ではないよね。

「殴る」という行為は「暴力」で... 投稿者:なべ 投稿日:2013/02/03(Sun) 00:36 No.433   
体罰と虐待は違うという方がいますが。虐待にかかわる人たちの世界では、「子どもの成長にとって不適切な行為であれば、大人の言い分は関係なく、それは虐待」というのが常識です。虐待と言われた中には、何も子が憎くて、または親のエゴで子どもにつらく当たるケースばかりではありません。親は躾のつもり、子どものためと思い一生懸命になるあまり手をあげることがあります。しかし親の言い分は関係ありません。殴るという行為は暴力です。脅しによる指導は、言うことを聞くかもしれませんがそれ以上に体も心も害を与えています。
今回の件で、体罰が自殺の直接の原因だったかどうかは知りません。
ただ、事実としてあるのは「教師は生徒を殴った。しかも何度も」。そして、「殴られた生徒は殴られた行為を喜ばしく思っていなかった、それどころかとてもつらい思いをしていた」。それは「虐待」の定義からすればまさに「身体的虐待であり、心理的虐待」です。教師の言い分は関係ありません。
私は、その教師の罪深いところは、正しい指導だと信じきって行っていた行為により生徒がどれほど追い詰められていたかを指導者として「気づくことができなかった」、指導者として「その生徒にも殴る行為が効果的だと信じて繰り返していた」つまり「その生徒にあった、適切な指導方法をとることができなかった」=「生徒をうまく指導できなかった」ということだと考えます。
教育の現場になぜ「罰」として暴力を与える必要がありますか。たとえばやるべきことをやらないこと、うまくできないことは、生徒自身の問題であり、導くことができなかった指導者の問題でもあるのではないですか。体罰を受けてよかったと思っている人は、体罰をする側になるんでしょうね。そしてそれが誰にでも効果的だと思い込んでいる場合は、同じような事件が繰り返されますね。自殺しないまでも。きっと子どもにもね。

Re: 「殴る」という行為は「暴力... - とんび 2013/02/03(Sun) 06:01 No.441
なべさんの常識が世界の常識なんですか?
だらだら書かれていますがどんな定義と基準で形成された理論なのかがわかりません。
事象の片側しか見られない方の偏った主張にしかみえません。

教師の生徒に対する体罰は禁止されています。
この会だって、法律改正を目標としているだけで
違法行為を推奨してるとは思えないんですけど。


ちょっと失礼します 投稿者:名無し 投稿日:2013/02/01(Fri) 19:39 No.431   
子どもに対して威嚇したり恐怖心を抱かせたり懲罰をちらつかせたりする行為そのものが「教育」の本義とは相容れないのではないでしょうか。
物事の本質を論理的に見極め、みずから学び、行動する力を養うのが教育本来の目的であると私は理解しています。
であれば、そこに体罰の介在する余地はないと思います。
古き良き(?)体罰という指導法に日本文化を感じノスタルジーを抱く方もいるようですが、私が目にしてきた「体罰肯定論」はどれも非常に情緒的、観念的で、自分が育てられたやり方をそのまま踏襲することに何のためらいも感ずることなく、ほとんど無批判に、思考停止に陥ったまま体罰の「効用」を後付けで説いているように見受けられます。

Re: ちょっと失礼します - とんび 2013/02/03(Sun) 05:55 No.440
威嚇したり恐怖心を抱かせたり懲罰をちらつかせたりする行為そのものって
法治国家の基本です。
日本だけじゃなく多くの国で普通に使われている統治法です。
それを教えることが教育の目的にならないんですかね?


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36]

処理 記事No 暗証キー

- Joyful Note -