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体罰の会◇掲示板
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子宮頸がんワクチン 投稿者:spanko 投稿日:2013/08/24(Sat) 00:29 No.788 ホームページ   
子宮頸がんワクチン、問題になってますね。---------------------------↑

副作用も死者も出ています。

人間の免疫系を触るワクチンはやはり怖いね。

それに比べりゃ、体罰の副作用なんて単純なもの。

正しい基準を定め、正しく行えば、いくらでもコントロール可能なのにね。

あと、オカマみたいな教育評論家、こいつも何とかならないかね。

資料室、正しいやり方 - 陰ながらと言わずに 2013/08/24(Sat) 21:45 No.789

体罰に関する資料 の「資料室」に、適切な資料を公開して、

「正しいやり方」を、研修セミナーで現場教師に伝授できれば、話は早いと思いますが。

どちらも、できてないですよね。


体罰ど真ん中 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/24(Wed) 08:42 No.710   

『教』の『師』が、どんな目的で有形力を行使するか考えろ。

教師は、素人じゃねぇぞ。


体罰は、どういった時に、どんな思いで行使していると思ってんだよ。


『右』でも『左』でもねぇよ。
真っすぐ『ど真ん中』から考えろ!。


教師を馬鹿ににした、素人は癌である。


教員免許取得して採用されて、現場にたった見ろよ!。

机上の空論は不要である。



教師は、教育のプロであり、必要に応じて有形力を行使する。
『真剣勝負』なんだよ。


日本式東洋思想教育は、世界一なんだよ。

第二次世界大戦前から 体罰は禁... - 陰ながらと言わずに 2013/07/24(Wed) 15:17 No.713

体罰 Wikipedia によりますと、(※以下は ネットのWikipediaより引用です)


体罰をめぐる状況[編集]

日本では、第二次世界大戦前に制定された教育令(1879年〔明治12年〕)には、体罰禁止規定があった[18]。さらに勅令である第2次「小学校令」(明治23年勅令第215号)[19]からは一貫して体罰禁止規定が見られ、第二次世界大戦後には、法律である学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定が引き継がれている。



脚注

18.^ 第46条「凡学校ニ於テハ生徒ニ体罰殴チ或ハ縛スルノ類ヲ加フヘカラス」
19.^ 第63条「小学校長及教員ハ児童ニ体罰ヲ加フルコトヲ得ス」


引用、ここまでです。


私はまだ、教育令など原典を読めておりませんので、内容理解についてご教示ください。
「第二次世界大戦前から、日本の公教育では体罰禁止だった」ということで、合っておりますか?


Re: 体罰ど真ん中 - 頑固親父 2013/07/24(Wed) 19:28 No.715

現代と照らし合わせるのは、ナンセンス。

時代背景を含めた、体罰・暴力について考察してごらん。



Re: 体罰ど真ん中 - 陰ながらと言わずに 2013/07/24(Wed) 20:13 No.716

頑固親父さんは、教職のかたなのですね。

現代とではなく いつと照らし合わせるのか、よくわかりませんが、考察してみます。


CAP(子どもへの暴力防止)プログ... - 陰ながらと言わずに 2013/07/24(Wed) 22:31 No.722

CAP(子どもへの暴力防止)プログラム というものがあるそうです。

わたしの子どもが小学校に通っている時に、学校から紹介してもらいました。

学校内での暴力をなくすために、行動分析学会のかたがたが、学校現場で実践モデルを見せてはいかがですか?
 体罰なしで ちゃんと教育できる、という。

わたしの子どもの学校は、体罰なく、先生方がきちんと教育実践なさっていましたよ。


Re: 体罰ど真ん中 - 頑固親父 2013/07/25(Thu) 07:09 No.727

また、言語認識ができていませんよ。

Child Assault Preventionを日本語に変換してごらん。
児童虐待、子どもから暴力を守るような意味です。決して『体罰』とは違うことが分かります。

また、戦争を容認するアメリカ、格差が社会が広がっているアメリカ、キリスト教が多くを占めるアメリカの『物まね』をする法が間違いでございます。




Re: 体罰ど真ん中 - 相楽 2013/07/28(Sun) 16:09 No.771 ホームページ
>体罰は、どういった時に、どんな思いで行使していると思ってんだよ。

それを語る人がいないから、ほとんどの人に理解されないのではないでしょうか。
わたしも理解できていませんので、是非教えてください。
他人の語ることの否定だけでは、あなたの「思い」は永久に理解出来ません。

教職は、元教師のあなたが「考えろ!」と言うだけで正解にたどり着けるほど、簡単な職業ではない、とも思います。
「先生」と呼ばれ、敬われる数少ない職業のうちの1つなんですから、言葉を尽くしてもなお、理解できないかも知れないくらいの苦労をなさってきたのだとも感じます。
だからこそ、「あなた自身のお言葉で、お話いただきたい」と願います。言葉を圧縮して作られた理論は、まだ必要ありません。まずは「ナマの本音の言葉」から始めないと、分からないんです。理論を理解できるのは、きっと本音の後になります。


>机上の空論は不要である。

学校によっては、授業参観の日などに「親が講師になって生徒・児童に対して、自分の職業等について語る」授業を用意していると、聞いたことがあります。
これ、正に机上の空論ではない、素人の教育参加(教育現場、と言える場ではないかもしれませんけど)だと思うんですけど、いかがでしょう。
一方、教職に就いている方が現場を語る機会が少ないから机上の空論が増える、とも感じております。他の仕事でも、リスク管理とか機密漏洩防止とかで現場の苦労を語れない職業は多いんですけど。わたしは民間企業でも、業績や苦労を語れない人や部署はリストラされやすい、ことを体験しています。


>アメリカの『物まね』をする法が間違い
これは深く賛同します。
下書きしていると政治的発言がてんこ盛りになったので、自粛して結論だけ申し上げますと、【グローバル化(アメリカ化)が進んだ地球で、将来子どもたちが生き残るには、戦前日本流と現代アメリカ流の融合が必要】ではないか、と考えました。


Re: 体罰ど真ん中 - おっさん 2013/07/31(Wed) 23:13 No.775
>日本式東洋思想教育は、世界一
「我がドイツ軍の科学力は世界一ィィィィィッ!」ってか

>戦争を容認するアメリカ、格差が社会が広がっているアメリカ、キリスト教が多くを占めるアメリカの『物まね』をする法が間違い

極論、偏見の塊、民族優位、自分が正しいと信じて疑わない。
私はこの様な人を知っている、「洗脳されちゃった人」

アメリカでは一部の富裕層、上、中流階級の人達は自らの税金を上げろと政府に抗議している、格差が広がっているのは何もアメリカだけでは無い。

戦争を仕掛ける国が無ければ容認する必要無し、喧嘩が一人では出来ないと同じで戦争も一国では出来ない。
キリスト教よりイスラム教過激派の方が危険、宗教批判で過去何度も戦争、内戦が行われ、今でもそれは続いてる。(上の段に戻る)

>いわゆる、B層を欺くような売国奴は、よろしくありません。
頑固親父さん、貴方の言葉、丁重にお返しします。

本当「未熟な大人はずるくて汚い」な

相楽さんへ
私は何であれ真似る事が悪い事だとは思わない、人は真似る事で多くを学ぶものだ、特に子供は大人の行動や言ってる事をよく真似る良い事も悪い事もだ、それ故、大人は正しい事して正しい事を教えて正しい姿を示さなければいけないのだよ
余談だけど、人間以外の生き物はほぼ全てが真似る事をしてる
私は、正しい事はおおいに真似ろ、悪い事は真似るな、これ現在進行形で実践します。
相楽さん、貴方が考えて出した結論にとやかく言うつもりは無いが、本当にそれでいいのかい?もう一度考える事をお勧めするよ、貴方は自らの間違いを正せる人なんだから。


Re: 体罰ど真ん中 - 相楽 2013/08/03(Sat) 12:48 No.776 ホームページ
>おっさんへ
「学ぶ」の語源は「真似ぶ」と聞いたことがあります。
いいところと悪いところを取捨選択して「学び」、悪いところは改善する、そんな「物まね」であればわたしも歓迎です。
ただ、「守破離」の理論通り、最初は「守」…ただ真似ることから開始することが大事、と言われれば、ある程度は納得できます(現時点で既に「違う!」と感じることを真似るのは難しいんですけど…実践しないと理解できないこともあるんでしょうし)。最終的に悪い部分を「破」り、日本流の「理(離)」を構築ができるなら、歓迎します。

わたしは『物まね』が「丸々コピーして、改善や日本向けのチューンナップをしない…守破離の守だけをひたすら続ける」行為だと感じたので、物まねが間違い、という意見に賛同しました。
原因の一つには、政財界にとって都合のいい部分だけ、アメリカの『物まね』(解雇の自由化を求めるのに新卒雇用の改善や再雇用・ワークシェアリング等を無視する、マニフェストがこれまでの選挙公約以上に守られていない、など)をしたがり、それを維持し続けようという現代日本に狂気を感じていたから、という理由もあります。

結論は…戦前以外に、戦後や江戸時代以前のいいところも取り入れるほうがいいな、ということくらいしか、今は分かりません。
加えて、アメリカや他の国々にもいいところがあるので、いいところは取り入れて行くほうが、よりよい状態につながると思います。わたしがアメリカに見習いたいのは【ディベート】と【日曜教会】です。
ディベートは「相手に勝つ」ことが目的ですけど、対立相手と立場を交換して再戦することを通じて、他人の気持ちを考えるヒントになりますし…自己主張の強い外国人への対応能力も上がります。
日曜教会は…仏教系葬儀の僧侶の説教と似て、大人にも子供にも通ずる「道徳」を教わる機会だと思います。通っているのがアメリカ人口の何%かは知りませんけど、【体育より徳育が不足している】と感じる現代日本の子供や大人には、(特定の宗教とは無縁の)学校教育や職場研修などで【「道徳」を教わる機会をかなり増やす】必要があると感じます。
この2つは、【体罰を与える側、受ける側がお互いにどう思っているのか】を考えるきっかけとか、【相手を思いやって】傷害以上の強い体罰を与えないように務めるきっかけとかにも、なるのではないでしょうか?

それと、「自らの税金を上げろと政府に抗議する」一部の富裕層、上流、中流階級の気高さは見習いたいと思いました。


サムサイ教師排除で日本滅亡 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/21(Sun) 18:53 No.700   

星の数ほど職業がある。

なぜ、わざわざ資格を取得して教壇に立つか考えてごらん。

教師が、どんな思いで児童生徒に有形力を行使するのか?
文部科学省がいくら禁止しても発生する。
厳しく禁止しても、繰り返し発生する。

教師は、自分の身分補償を失う命懸けで、教育の目的達成に向け人力を注ぐ。

サムサイ教師は、どんな覚悟で『有形力の行使』を実践していると思っていることか。最後の手段として文部科学省に逆らってクビを覚悟で体罰をしているのだ。


体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使。
暴力とは、進歩を目的としない有形力の行使。


教師は、体罰を保持しなければならないし、必要に応じ体罰をしないといけません。


ボンクラ教師は、不要。
サムライ教師は、必要。


文部科学省は、体罰の定義を改めろ!

Re: サムサイ教師排除で日本滅亡 - spanko 2013/07/29(Mon) 07:59 No.773
時代背景を含めた、体罰・暴力について考察する必要がありますね。
教師が体罰してもクビになることはまずなかった戦前に、横暴を極めた暴力教師を皮肉を込めてサムライ教師と呼んだんだよ。
かりに現在、クビを覚悟で、やむにやまれず愛のムチをふるう教師がいたとしても、むしろ彼はサムライ教師と一緒くたにされるのは迷惑だろうな。
ていうか、現在だって、そう簡単にはクビにはならないわけだから、頑固親父さんの主張する意味においても、本当に(切腹覚悟の)サムライと呼べるのかは不明だな。
ほんと、頑固親父さんは、言葉の意味をねじ曲げるのに必死だね、サヨクと同じ事をやってどうする。
そういうことをやっていると、当会の正当な主張である「体罰と暴力は違う」までもが、眉唾物に見えてしまう、ほんと迷惑な人だね。


初等・中等教育からはスポーツを... 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/21(Sun) 19:43 No.701   

教育の目的は、知育・徳育・体育。


メディアや文部科学省は、『Sport(スポーツ)』と『体育』を混同している。


初等・中等教育では『Sport(スポーツ)』不要。
初等・中等教育では『体育』必要。

言語認識できない、文化人、知識人は教育会の癌である。





Re: 初等・中等教育からはスポー... - spanko 2013/07/28(Sun) 00:05 No.769
No.683
> 学校教育における体育指導には、体罰はありえる。
> そもそも、体育指導とSport(スポーツ)指導は、異なる。スポーツ指導をすれば、教育の目的から外れるのです。
No.701
> 初等・中等教育では『Sport(スポーツ)』不要。
> 初等・中等教育では『体育』必要。

頑固親父さんの上記主張を分析すると、

(a) 体育には、体罰が含まれる。
(b) 初等・中等教育では『Sport(スポーツ)』ではなく『体育』が必要。

回りくどいですね、私だったら、次のように言います。

(c) 初等・中等教育では『体罰』必要。

これだと分かりやすいですね、要するに(中学以下の)ガキには、時には体罰も必要ということで、多くの日本人の賛同を得られるでしょう。

一方、頑固親父さんの主張 (a)+(b) だと、そもそも『体育』に『体罰』は含まれるのか、まずそこから説明しないといけません。
でも、体育なんて所詮、ラジオ体操+栄養学でしょ? ツッコミどころ満載ですね。
※ ボクの言語感覚からすれば「体育」よりもむしろ「スポーツ」とか「武道」の方に厳しいイメージがありますね。

確かに体罰と暴力をわざと混同させ言葉の意味をねじ曲げるサヨクマスコミは問題大ありだと私も思います。
また、言葉の意味をねじ曲げるサヨクに反発して「国語を勉強しろ」とか仰る方は、右翼の方にたまにおられますが、言語認識だけの問題ですかね?
頑固親父さんだって「体育」の言葉の意味を、今まさにねじ曲げようとしている。
サヨクと同じ事をやってどうするんですかね。


拝啓元プロ野球桑田選手様 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/24(Wed) 12:27 No.712   

話は古いが、プロ野球選手桑田さんが体罰の不要を唱える。


自ら、体罰によって強くなったことはありません、と言うようなことを述べていますね。


ここで、桑田選手の人格、思想を考えて欲しい。
私事であるが、優秀である。多くの方々も、そう思っているかも知れません。


ただし、彼は体育教育を通じて前頭葉を鍛えることができた。『理性』の進歩と『本能』の機能を使えることができた『前提』があるのです。

よく、間違いられるのが、この『前提』をすっ飛ばして議論している。文部科学省も同様です。


初等教育では、トレーニング。
高等教育では、コーチング。


『理性』の進歩した場合は、コーチングでいいのです。


そもそも体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使。暴力とは、進歩を目的としない有形力の行使。


学校教育では、体罰は保持し必要に応じて行使しなければならない。

学校教育においては、教師は限られた時間内に子どもを教育しないといけません。子どもは教育を受ける権利があるとこは、憲法にも記載しています。


桑田選手の体罰不要論には、『前提』があることを忘れたらいけません。

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