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体罰の会◇掲示板
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サムサイ教師排除で日本滅亡 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/21(Sun) 18:53 No.700   

星の数ほど職業がある。

なぜ、わざわざ資格を取得して教壇に立つか考えてごらん。

教師が、どんな思いで児童生徒に有形力を行使するのか?
文部科学省がいくら禁止しても発生する。
厳しく禁止しても、繰り返し発生する。

教師は、自分の身分補償を失う命懸けで、教育の目的達成に向け人力を注ぐ。

サムサイ教師は、どんな覚悟で『有形力の行使』を実践していると思っていることか。最後の手段として文部科学省に逆らってクビを覚悟で体罰をしているのだ。


体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使。
暴力とは、進歩を目的としない有形力の行使。


教師は、体罰を保持しなければならないし、必要に応じ体罰をしないといけません。


ボンクラ教師は、不要。
サムライ教師は、必要。


文部科学省は、体罰の定義を改めろ!

Re: サムサイ教師排除で日本滅亡 - spanko 2013/07/29(Mon) 07:59 No.773
時代背景を含めた、体罰・暴力について考察する必要がありますね。
教師が体罰してもクビになることはまずなかった戦前に、横暴を極めた暴力教師を皮肉を込めてサムライ教師と呼んだんだよ。
かりに現在、クビを覚悟で、やむにやまれず愛のムチをふるう教師がいたとしても、むしろ彼はサムライ教師と一緒くたにされるのは迷惑だろうな。
ていうか、現在だって、そう簡単にはクビにはならないわけだから、頑固親父さんの主張する意味においても、本当に(切腹覚悟の)サムライと呼べるのかは不明だな。
ほんと、頑固親父さんは、言葉の意味をねじ曲げるのに必死だね、サヨクと同じ事をやってどうする。
そういうことをやっていると、当会の正当な主張である「体罰と暴力は違う」までもが、眉唾物に見えてしまう、ほんと迷惑な人だね。


初等・中等教育からはスポーツを... 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/21(Sun) 19:43 No.701   

教育の目的は、知育・徳育・体育。


メディアや文部科学省は、『Sport(スポーツ)』と『体育』を混同している。


初等・中等教育では『Sport(スポーツ)』不要。
初等・中等教育では『体育』必要。

言語認識できない、文化人、知識人は教育会の癌である。





Re: 初等・中等教育からはスポー... - spanko 2013/07/28(Sun) 00:05 No.769
No.683
> 学校教育における体育指導には、体罰はありえる。
> そもそも、体育指導とSport(スポーツ)指導は、異なる。スポーツ指導をすれば、教育の目的から外れるのです。
No.701
> 初等・中等教育では『Sport(スポーツ)』不要。
> 初等・中等教育では『体育』必要。

頑固親父さんの上記主張を分析すると、

(a) 体育には、体罰が含まれる。
(b) 初等・中等教育では『Sport(スポーツ)』ではなく『体育』が必要。

回りくどいですね、私だったら、次のように言います。

(c) 初等・中等教育では『体罰』必要。

これだと分かりやすいですね、要するに(中学以下の)ガキには、時には体罰も必要ということで、多くの日本人の賛同を得られるでしょう。

一方、頑固親父さんの主張 (a)+(b) だと、そもそも『体育』に『体罰』は含まれるのか、まずそこから説明しないといけません。
でも、体育なんて所詮、ラジオ体操+栄養学でしょ? ツッコミどころ満載ですね。
※ ボクの言語感覚からすれば「体育」よりもむしろ「スポーツ」とか「武道」の方に厳しいイメージがありますね。

確かに体罰と暴力をわざと混同させ言葉の意味をねじ曲げるサヨクマスコミは問題大ありだと私も思います。
また、言葉の意味をねじ曲げるサヨクに反発して「国語を勉強しろ」とか仰る方は、右翼の方にたまにおられますが、言語認識だけの問題ですかね?
頑固親父さんだって「体育」の言葉の意味を、今まさにねじ曲げようとしている。
サヨクと同じ事をやってどうするんですかね。


拝啓元プロ野球桑田選手様 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/24(Wed) 12:27 No.712   

話は古いが、プロ野球選手桑田さんが体罰の不要を唱える。


自ら、体罰によって強くなったことはありません、と言うようなことを述べていますね。


ここで、桑田選手の人格、思想を考えて欲しい。
私事であるが、優秀である。多くの方々も、そう思っているかも知れません。


ただし、彼は体育教育を通じて前頭葉を鍛えることができた。『理性』の進歩と『本能』の機能を使えることができた『前提』があるのです。

よく、間違いられるのが、この『前提』をすっ飛ばして議論している。文部科学省も同様です。


初等教育では、トレーニング。
高等教育では、コーチング。


『理性』の進歩した場合は、コーチングでいいのです。


そもそも体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使。暴力とは、進歩を目的としない有形力の行使。


学校教育では、体罰は保持し必要に応じて行使しなければならない。

学校教育においては、教師は限られた時間内に子どもを教育しないといけません。子どもは教育を受ける権利があるとこは、憲法にも記載しています。


桑田選手の体罰不要論には、『前提』があることを忘れたらいけません。

ロボット教師社会 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/21(Sun) 20:58 No.703   
学校教育から、体罰を排除してはいけません。

リーマン(サラリーマン)教師のみが『残る』

人間を創るのは、人間である。


体罰が使えない『ロボット教師』は不要である。
ロボット教師が、ロボット人間を創る。これはもはや『人間』ではない。


学校教育からは、体罰を禁止したらアカン。

体育 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/21(Sun) 20:15 No.702   

2020年オリンピックが東京開催になるか?

これは、体罰と密接に関係する。

オリンピックは、『Sport(スポーツ)』の祭典と言われている。
オリンピックは、『体育』の祭典とは言われていない。





わしに言わせれば、いわゆるB層騙しが始まった。
日本国民を欺き、初等・中等教育から『体罰』を排除しようとしている。


『教育の目的』が知育・徳育・体育から、知育・徳育・Sport(スポーツ)になってしまう。
こうなれば、子どもは進歩しない。


体罰と暴力を定義できない文部科学省。
教育の目的を定義できない文部科学省。


日本の子どもは、ますますダメになる。
他国が日本を破壊するのではない。
自国が自国(日本)を自滅させるのである。



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