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体罰の会◇掲示板
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教師から体罰を排除した文部科学... 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/18(Thu) 20:34 No.693   

文部科学省は、体罰と暴力を誤った言語認識をしています。ある意味、文部科学省も被害者かもしれません。

体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使。
暴力とは、進歩を目的としない有形力の行使。


人間は、血の通った人間である。決して『ロボット』ではありません。


文部科学省の方は、偏差値秀才です。
言われた事はキッチリするし、前例がある対応には滅法強い。


だから現場で何が起こってるいるか分からないことが多いのです。
初等教育から高等教育の仕組みを分かっているのでしょうか?
教育上位学校から教育下位学校まで分かっているのでしょうか?


残念ながら、きれいごとだけでは済みません。

人間は、ロボットではありません。
人間は、人間なんです。


まして、子どもは人間だけれども、まだまだ人間になれていません。それは、未熟との意味です。


体罰は教育のプロである教師が保持しなければならない。必要に応じて有形力の行使をしなければいけません。


体罰と暴力を認識できない、偏差値秀才の文部科学省は『癌(がん)』であり、排除しなければいけません。

だんだんと『癌(がん)』は成長している。

敗戦後体制から脱却せよ。
西洋思想ではない日本式東洋思想に戻せ。

体罰の心理学 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/18(Thu) 17:55 No.692   
はじめに、共通認識が必要になります。

体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使。
暴力には、進歩を目的としない有形力の行使。


さて家庭教育において、教育学を大学などで勉強していない保護者が、どれだけ子どもに対して躾をできているでしょうか?また、保護者等のいない中において子どもは躾ができている状態だと思いますか?

お坊ちゃん、お嬢ちゃんばかりだと可能かもしれませんね。いい子ちゃんばかりが、学校で教育を受けているにでしょうか?

子どもは、大人ではないから子でもです。ミスをすれば失敗もする。いけないこともしてしまう、未熟な人間です。


家庭教育に話を戻すのですが、初等教育において幼い子どもの頃に悪いこと、やってはいけないことをして、お父さんお母さんに、お尻ペンペンされたりゲンコツされたことはありませんか?。
有るのが一般的です。

この行為は、体罰です。


初等教育そして高等教育を受けてきた理性が本能が有る大人になったとき、どう思いますか?

俺は、感謝します。心から、お父さんお母さん、また先生に『ありがとう』と言います。

この感情は、異常でしょうか?正常でしょうか?

たぶん、正常です。


つまり、体罰は善なのです。ただし、暴力は悪である。


初等教育から高等教育 投稿者:頑固親父 投稿日:2013/07/18(Thu) 10:38 No.690   

初等教育は、トレーニング。
高等教育は、コーチング。


初等教育では、未熟である人間(小ども)にトレーニングが必要である。トレーニングの中では体罰が必要である。

初等教育によって進歩した人間には、高等教育でコーチングが必要である。
初等教育によって進歩していない人間には、高等教育で強烈なトレーニングが必要である。ここで、『事故』が発生する場合があります。

教育素人が、口を挟んではイカン。

Re: 初等教育から高等教育 - 頑固親父 2013/07/18(Thu) 10:53 No.691

肉体的成長と精神的進歩は、教育方法が異なる。

肉体的成長と精神的進歩の初歩段階教育は簡単。


問題は、肉体的成長の中期あるいは後期の段階で、精神的進歩がない人間の教育が難しい。初等教育のようなトレーニングではなく、強烈なトレーニング必要になり事故が発生する場合がある。

子どもを、殺したい教師は教員免許は取得できないし採用されません。


無題 投稿者:naari 投稿日:2013/07/18(Thu) 06:18 No.688   
そもそも、マスコミ的な「体罰」という言葉がオカシイ。

「罰」とは "悪いことをしたから、こらしめる" とかいう
意味であって・・・"気に入らないから、殴った" とかゆー
「暴力・暴行」とは、ニュアンスがかなり異なっている。

↑実は、これはマスコミやニュース的な "放送局の保身" の
 問題であって。
例えば、警察や刑法的には「暴行罪」というのはあっても
"体罰罪" とゆーのはニッポン国には存在しない。

:例えば、児童「虐待」を→「折檻(せっかん)」と言い変え
 るようなもの。
 マスコミやニュース的には、なんでも「暴行」と言ってし
 まうと "親子や教師と児童・生徒や部活の顧問やセンパイ
 の指導・教育、あるいは会社の上司・部下の関係" などの
「世の中の、全ての上下関係」が=『何の意味も無い暴力
 や、ヤツ当たり』として、法律上はみんなケーサツに逮捕
 される・・という非現実的なリクツになってしまうからだ
 

Re: 無題 - 頑固親父 2013/07/18(Thu) 10:24 No.689
 文部科学省を廃止せよ。
表現方法は荒っぽいが、偏差値秀才が創った制度では現場に合っていないことがあります。
 
 敗戦後教育は西洋思想と日本式東洋思想とのジレンマで、西洋思想の悪い部分のみが入ってきた。ただし、西洋思想が悪いのではなく、それぞれの文化(行動様式)に適応している型に戻すことからはじめましょう。

 日本人が弱体化している現在、『敗戦後体制から脱却』することが求められている。

 教育は、国家100年の計である。


無題 投稿者:おっさん 投稿日:2013/07/03(Wed) 23:19 No.674   
相楽さんへ

返信有り難う御座います。やっと対等なる対話が出来そうな人が出てきて嬉しい限りです。

体罰の話って全ての課題、話題でその本質(実話と本質は違いますからね)が語られて無いのが実状です、この話は新たにレスを立てた方が良いので後日立てます。

私も相楽さんと同じように「自分は体罰を正しく行えるのか?」と疑問に思い悩んだ事があります。
これに対して行った事は「体罰の封印」です、体罰を理解して正しく使い暴力を理解し排除する、そして体罰と暴力の境目を見極める、これが出来て封印解除出来る。…と、思ったんですがいやはや色々なモノが複雑に絡み合っていて一筋縄では有りません。
例えば今の社会の風潮で「○○絶対に許さない」という人が(賛成派、反対派関係無く)多数居ます、絶対許さないと言ってる人が許さない言い出したらどんなに謝っても許してはくれません、絶対に許さない言ってる大人が悪さをした子供を許さないになったら結果は容易に想像できます。
ここで「罪を憎んで人を憎まず」が出てくるんです、簡単に言うと、「人を許す心を持ちなさい」って事です。「絶対に許さない」考えは意識して早々に捨て去る事をお勧めします。

>…自分なりの意見を作り直している最中
私も「自分の考えは間違ってる」と自分を否定して新たに再構築したので今のその気持ち良く分かります。
疑問、難問、壁に当たった、私の辿り着いた答えで可能な限りお答えします。更に私の答えに疑問、難問、壁、大いに投げ掛けてください。
私の体罰の答えの形、賛成派と反対派の「融合、融和」悪い所は徹底排除、良い所は取り込み、人間の理性を加える、です。

余談 おっさんさん…失礼ながら笑ってしまった、以後おっさんで結構です

Re: 無題 - 相楽 2013/07/06(Sat) 17:31 No.675 ホームページ
おっさんへ

返答が遅くなり、申し訳ありません。
それと、呼ぼ方も変えさせていただきました。

まずはわたしへの評価、おそれいります。
ただ、この掲示板には海外の体罰に詳しい方とか、すごいと感じた方(わたしの考え方を変えるきっかけをくださった方)が何人かいらっしゃいますので、学んでいきたいと思っております。

何かを「絶対に許さない」人は、今の日本人のほぼすべて、と言いたいくらいに多いと感じます。両極端に割れて、話し合いができる余地がありません。
この考え方は「暴力(=体罰)」「いじめ」「うつ病」「自殺」「パワハラ」「大臣の更迭や総理大臣の性急な退陣による社会不安定」等を起こしやすくする要因だと思います。

「絶対に許さない」からの脱却をどうにかしないと、体罰もいじめも(ついでに学校以外での様々なことも)、対策は暗礁に乗り上げるんじゃなかろうか、と感じます。
感情としては、まだ捨てきることができないので、文章にする前に理性を働かせよう、と思います。


Re: 無題 - spanko 2013/07/08(Mon) 22:08 No.679 ホームページ
相楽さん
>両極端に割れて、話し合いができる余地がありません。
まず右翼と左翼がいて、さらに左翼、右翼の中でも、それぞれ先鋭化して、仲間割れ、内ゲバを起こしているのが現状ですね。
まっ、僕なんかは、お尻ペンペン程度にしとけやと思いますが、イデオロギーに凝り固まった人たちは、そうはいかないようで...


教育の目的 - 頑固親父 2013/07/13(Sat) 12:01 No.683
教育の目的を分からずに、体罰&暴力は語れない。

 教育の目的とは、知育、徳育、体育である。
そして、知育とは何か?
そして、徳育とは何か?
そして、体育とは何か?

これが、語れない愚か者がいる。

教育の目的を達成しないで、社会に放り込んだらどうなるとこか・・・。
体罰は、必要である。
暴力は、不要である。


学校教育における体育指導には、体罰はありえる。
そもそも、体育指導とSport(スポーツ)指導は、異なる。スポーツ指導をすれば、教育の目的から外れるのです。


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